戦争
言わずと知れたスティーブン・スピルバーグの戦争映画の大作です。この映画で先ず目を惹くのが、冒頭二十分のオマハ・ビーチにおける上陸作戦でしょう。この余りにリアルな戦闘シーンには、映画でありながらも余りの恐ろしさに足ががくがくと震えてしまったほどです。これまでぼくは、かなり数多くの戦争映画を観てきたつもりでしたが、このシーンを観て初めて心の底から戦争の恐ろさというものを実感したものでした。あんな過酷な状況の中で、どこにも逃げることができず、ただひたすら前進していかなければならなかった兵士たちが、どれほど心細い思いをしたかと思うと、ただただ同情してしまうばかりです。きっと彼らの多くが、どうして自分がこんな場所で戦わなければならないのかと思って、心の中でその不条理を嘆いていたに違いありません。
しかしぼくは、このプライベート・ライアンはこの冒頭の戦闘シーンに感銘を受けただけで、後のことは余り印象に残りませんでした。この映画を実際にあった話だと誤解されている人も多いようですが、この映画はただの作り話ですし、たった一人の兵士を守るために何人もの兵士が死んでいくという設定もリアリティがなくて興ざめしてしまいました。スピルバーグはよくこういった無理な設定を作り上げて、観客を無理やり感動させ、泣かせようとようとすることがありますが、戦争映画を作る際にはそんなことは一切やめて、もっと現実味に溢れるどろどろした世界観を作り上げていくべきではないかと思うのです。
ドイツ軍の装備などにはかなりのこだわって時代考証を行い、ドイツ軍マニアには熱狂的に歓迎されたようですが、このスピルバーグお得意の泣かせ方はぼくには受け入れがたいものがあります。スピルバーグは今でもダントツの人気監督として君臨しつづけていますが、彼にはフルメタル・ジャケットを作ったスタンリー・キューブリックのように徹底的に現実を描こうとする野心が余り感じられず、むしろ観客を泣かせよう、感動させようとばかり仕向けているのが目について、どうしてもぼくは彼の映画の世界にどっぷりと浸ることができないのです。
また、スピルバーグの映画の中で演じている俳優たちもとかく紋切り型の芝居ばかりするので辟易させられてしまいます。やはりスピルバーグはこのようなシリアスな映画で勝負するよりも、エンターテイメントの映画で勝負する方がずっと向いていると思います。エンターテイメントならば、話がどんなに嘘くさくても面白ければいいわけですし、泣ければいいわけですが、このようなシリアスな映画を作る場合には、それだけでは不十分で、きれい事は一切抜きにしてでも、この世の闇の部分を闇らしく描く眼力が必要になってきます。しかしスピルバーグには、いまひとつその力が欠けているように思えてなりません。
そのため、このプライベート・ライアンも手放しで評価することはできませんでした。戦争映画というものには涙や感動はいりません。ただただ戦争の恐怖だけを忠実に描いてほしいものです。そうすることで、戦争というものが美化されることなく、この世にあってはならない唾棄すべきものとして多くの人々に知らしめることができると思うからです。もしこの映画の中で冒頭二十分の戦闘シーンがなければ、この映画がぼくの印象に残ることはなかっただろうと思います。

