サスペンス
ヴォルフガング・ペーターゼン監督、クリント・イーストウッド主演のサスペンス・アクション映画です。この映画に出演するまでの数年間、クリント・イーストウッドはなかなか良い出演作に恵まれず、ずっと影を潜めた状態が続いていましたが、この映画で体の無理が利かなくなった年老いた男の役を演じたことによって、それまでにない新たな魅力を作りだし、見事に役者として復活することになりました。この映画以降、クリント・イーストウッドはちょくちょく年老いた男の役を演じるようになり、これが効をそうして再び数多くの映画に出演するようになりましたし、さらには監督としての手腕も大きく発揮するようになりました。
この映画の魅力はクリント・イーストウッドの秀逸な演技もさることながら、なんといっても脚本の素晴らしさにもあると思います。ストーリーの発想が優れていて、何度も何度もその見事さに舌を巻いてしまいます。また、ヴォルフガング・ぺーターゼン独特の地味で渋い演出がまた良い味を出していて、最後まで安心して映画の世界に浸って観ることができました。今ではこの映画も余り話題に上ることはありませんし、レンタルショップに行っても目立たない場所にぽつんと置かれているだけなのですが、見て損はない隠れた名作だとぼくは思います。ヴォルフガング・ぺーターゼンというと、巷では未だにUボートこそが代表作であるかのように言われていますが、ぼく個人としては、このザ・シークレットサービスこそ彼の代表作にしてもいいのではないかと思っているぐらいです。
また、この映画の中で目を惹くのは、ジョン・マルコビッチの怪演です。ジョン・マルコビッチというと、今や名優としての地位に堂々と座しているという感がありますが、彼の才能がこれほどまで遺憾なく発揮された映画というのはこの作品を置いて他にはないのではないでしょうか。彼の一つ一つの仕草、表情にとてつもなく高い計算力が感じられますし、なおかつその計算には何の狂いもなく、度々はっとさせられるような見事な演技を見せてくれています。ハリウッドには数多くの優れた役者がいますが、この映画の中でのジョン・マルコビッチほど切れた演技を見せてくれた俳優はそうはいないでしょう。腕のいいダンサーのダンスを観て感心するのと同じように、この作品の中での彼の演技には心の底から感心せずにはいられませんでした。
しかし、このようにクリント・イーストウッドもジョン・マルコビッチも共に優れた演技を見せることができたのは、やはり何といっても脚本がとても秀逸だったからだと言えるだろうと思います。この作品は表向きこそサスペンス・アクションという形をとっていますが、根本的には深い人間ドラマであり、その奥の深さには思わず深く酔いしれてしまいます。ここ最近のサスペンス・アクションというと、人間ドラマは二の次で、いかに派手なアクションやあっと驚くラストシーンなどで観客を沸かせようとしてばかりしているような感がありますが、このザ・シークレットサービスは緊張感溢れるサスペンスシーンと並行して、素晴らしい人間ドラマをじっくりと楽しませてくれました。これこそまさに知る人ぞ知る傑作と言っていいのではないかと思います。
24のキーファー・サザーランドが名優マイケル・ダグラスと共演を果たした話題作です。この映画の感想を一言で言うと、脚本が少しお粗末すぎたのではないかという感は否めませんでした。マイケル・ダグラスのような大御所がよくこんな作品に出る気になったものだと思いますが、よく考えてみると、マイケル・ダグラスの出演する作品の多くは作品そのものが優れているというより、マイケル・ダグラスの存在感で話題になっている場合が多く、このセンチネルもまたその類の一つだったのだと考えていいのかも知れません。
この作品を見る前は、キーファー・サザーランドがマイケル・ダグラスの存在感の影に埋もれてしまいわないかと心配していたのですが、いざ蓋を開けてみると、意外にキーファー・サザーランドが見事にマイケル・ダグラスとうまく渡り合っているので驚いてしまいました。24シリーズはもう既にアメリカではシーズン6まで放映されているようなので、それだけ数多くの芝居を積んだことで、演技の腕にも磨きがかかったのかも知れません。
ただ、24で仲間から濡れ衣を着せられ、窮地に立たされてばかりいたキーファー・サザーランドが、この作品の中では逆にマイケル・ダグラスに濡れ衣を着せ、窮地に追い込む役柄を演じているので、どこか違和感を感じてしまったことは確かです。むしろ彼とマイケル・ダグラスとはそれぞれ逆の役に就いた方が良かったのではないかという気がしないでもありません。その方が24ファンにもしっくり来るし、キーファー・サザーランドの存在感がもっと浮き出たのではないかという気がするのです。もっとも、キーファー・サザーランドには色んな役柄を演じてもらった方が、ファンにとってもキーファー自身のキャリアにとってもより良い影響が出てくるのかも知れませんが。
ただ、最初に言ったとおり、この作品は脚本が余りにもお粗末すぎて、最後まで見終えたときには少し拍子抜けしてしまいました。特にお粗末だったのは、FBI捜査官たちがマイケル・ダグラスに濡れ衣を着せるその理由で、果たして普段から慎重に捜査を進めているはずの捜査官たちが、あれしきの理由で簡単に同僚に容疑をかけてしまうものなのかと思わざるを得ませんでしたし、なおかつ真の容疑者が割り出される過程も余りにもあっけない気がしました。そのため、この映画を見終わって頭に残ったのは、マイケル・ダグラスの圧倒的な存在感とそれに埋もれることなく頑張っていたキーファー・サザーランドの演技だけで、もしかしたらこの作品は、ただ単にキーファー・サザーランドを売り込むための映画だったのではないか、という一抹の疑いすら首をもたげてきた始末でした。
有名人を食い物にするパパラッチについて描いた作品です。パパラッチからさんざん攻撃されてきたと思われるメル・ギブソンがプロデューサーとして参加しました。
最近ではイギリスのウィリアム王子とその恋人であるケイト・ミドルトンさんをめぐって報道が過熱し、一部で大きな問題となりました。かのエリザベス女王が事故死したのも、パパラッチに追い回されたせいだとも言われており、海外ではこのパパラッチの存在はかなり深刻な問題となっているようです。日本では芸能人、有名人のスクープ写真を撮ったとしても、せいぜい数万程度にしかなりませんが、海外では数百万、数千万、エリザベス女王に関しては数億にまで上るらしく、そのマスコミの太っ腹な態度が数多くのパパラッチを生み出す原因になっているのではないでしょうか。確かに一枚の写真を撮っただけでそれだけのお金がもらえるなら、有名人に興味はなくてもついついカメラを買おうという気になってしまうかも知れません。
この映画の中でも、ある映画の主役を務めて有名になった俳優が、悪質なパパラッチに追い回され、私生活を滅茶苦茶に掻き乱されていく姿が描かれています。有名な俳優であるメル・ギブソンが制作しているせいか、この辺りの描写にはかなりの説得力があり、映画の中の出来事でありながらもパパラッチの悪質ぶりには激しい怒りが込み上げてきます。しかしながら、ぼくが少し残念に思ったのは、ここで主人公がパパラッチに対して取った行動がほとんど犯罪に近いということです。いえ、これは完全な犯罪行為でしょう。彼はパパラッチの悪質な行動に対して、さらに悪質な行動で復讐を果たしてしまうわけです。
ぼくはこの作品の中で、パパラッチに対する一般的で普遍的な解決策を提示しているのだと思って期待していたのですが、実はそうではなく、主人公は映画の世界でしか通用しないようなマジックまがいの手段で解決を図っているのです。そのため映画はじわじわと現実味を失い、お粗末なサスペンスドラマのような形で完結してしまいました。ぼくとしてはそれが実に残念で、もう少し現実味のある解決策を見せてもらいたかった。メル・ギブソンというと、ブレイブ・ハートやパッションなどリアリティを追求した作品を幾つも作ってきた人だったので、この結果はとても残念です。もっとも、そんな一般的、普遍的な解決策がないからこそ、この映画の中でも非現実的な解決策を見せるしかなかったのかも知れませんが。
いずれにしても、このような映画を作ることによって、メル・ギブソンもパパラッチに対するささやかな抵抗の姿勢を見せたかったのかも知れません。そう思うと、有名人も大変だなといささか同情せずにはいられませんでした。
羊たちの沈黙の続編として大きな話題となったハンニバルです。監督はエイリアンやブラック・ホーク・ダウンなどで有名なリドリー・スコット監督です。羊たちの沈黙ではアンソニー・ホプキンスの怪演ぶりが話題を呼びましたが、今回の作品でもホプキンス節は健在、いえ、それどころか前作にも増してパワーアップしたという感じがします。
前作では犯罪者として獄の中に閉じこめられた状態にあったがために、レクター博士はあくまで犯罪者のように振る舞っていたのですが、今回の作品ではその犯罪者が獄から解き放たれ、常人の中に混じって常人のように振る舞っています。そのため、犯罪者としての本性が剥き出しになったとたん、観ている我々はとてつもない戦慄を覚えることになるわけですが、その並々ならぬ残酷な行為を平気な顔をして行う異常者を、アンソニー・ホプキンスは見事に演じきっています。その余りに迫力ある演技に、私たちも自然と引き込まれてしまいます。
今回はジョディ・フォスターが役を降り、代わりにジュリアン・ムーアがクラリス役を演じていますが、これを良しとするかどうかは意見の分かれるところでしょう。ぼく個人としては、まあ、どちらでも良かったかなという気がします。ただ、最後の晩餐で恐怖におののく彼女の演技はとても印象に残っていて、あの絵の中にジョディ・フォスターがいるよりは、ジュリアン・ムーアがいた方が良かったのではないかという気がしないでもありません。ちなみにジョディ・フォスターが降板したのは、この作品が余りにも残酷すぎるからという理由からだそうですが、残酷さという意味では羊たちの沈黙とそれほど大差ないのではと思うのですが、皆さんはどのようにお考えなのでしょう。
多くのリドリー・スコットのファンにとっては、この作品は余り納得のいかないものだったようですが、ぼく個人としては、この作品はこの世に無数にあるサスペンス映画の中でも屈指の名作だと思いました。リドリー・スコット監督には、この手の映画ももっともっと作ってもらいたいものだと思います。
スティーブン・キング原作のサスペンス映画です。はっきり言って、スティーブン・キングはとても有名な作家でありながら、その作品が映画化されるとおおよそ駄作になってしまうケースが多く、この作品もそういう結果になるのかなと思っていたのですが、意外に最後まで面白く観させてもらいました。もっとも、ショーシャンクの空やシャイニングなどずば抜けた秀作もいくつかありますが。(ちなみに彼の小説の中では、ショーシャンクの空の原作である塀の中のリタ・ヘイワースがお勧めです。ゴールデンボーイ―恐怖の四季 春夏編という本の中に収録されています)
この映画の最後に謎が解けたときは、よくありがちなパターンだなと思って少し興ざめしてしまったのですが、最後の結末まで観たときにはさすがスティーブン・キングだと思って唸らされてしまいました。この映画は、謎解き映画のようで単なる謎解き映画ではなく、それ以上に見事な落ちを用意してくれていたのです。多分、脚本家もかなりのやり手なのでしょう。
ジョニー・ディップという人は演技にかなりムラがあって、ある映画では抜群の演技力を見せるのに、ある映画では素人のような演技を見せたりするので、個人的には頂けないなと思っているのですが、この映画では要所要所で意外に冴えた演技を見せてくれていました。やはり彼はブラット・ピットのように感覚で演技するというよりは、もう少し理論的に演技するタイプの俳優なのかも知れません。もっとも、そんな人間くさい一面があるからこそ、逆に人気もあるのかも知れませんが。
気軽にサスペンス映画を楽しみたという向きにはかなりお勧めできる作品です。もっとも、ぼくとしては、スティーブン・キングの本職であるホラーで素晴らしい映画を観てみたいと思っているのですが。
レンタルショップでこのDVDのパッケージを見たとき、なんとも残酷そうな映画だなと思って少し敬遠していたのですが、こんな気持ち悪そうな映画がここまで話題になっているということはよほど面白いのだろうと思って、怖いもの見たさで観てしまいました。
この映画の感想を一言で言うと、この作者はかなり頭がいいということになるでしょうか。今までにない新しいタイプの映画で、しかも最後までストーリーが全く読めない。おおよそこのような低予算のスリラー映画は、最後には支離滅裂になって終わるか、つまらない落ちでがっかりさせられて終わりなることが多いのですが、この映画にはそういったことが全くなく、最初から最後までハラハラドキドキさせられましたし、全く安っぽさを感じませんでした。それはソウ2でも同じで、最後まで観客を裏切ることはありませんでした。
しかし、ここまでやるかというぐらいグロテスクなシーンが続出するので、心臓の弱い方には余りお勧めはできる映画ではないでしょう。ただ、逆にここまでグロテスクなことをやってのけながら、単にグロテスクなシーンだけを売りにしなかった制作者の意気込みには脱帽します。こんな見事な脚本が書ける人は今後もそうは現れないのではないでしょうか。ですから、グロテスクな映画は余り好きではないけれど、絶対に観たくないわけではないという人にはお勧めの映画です。
かつては13日の金曜日だとか、エムル街の悪夢といったスリラー映画が流行りましたが、今ではあんな残酷なだけの映画を幾ら作っても観客には受け入れてはもらえません。むしろ世間からは露骨にそのような映画は敬遠されがちです。そんな中で、敢えて堂々とこのようなスリラー映画で挑戦をかけてきた制作者の意気込みには並々ならぬ気迫を感じました。
これもまた秀逸な作品でした。監督はスパイク・リーといって、日本ではマルコムXで知られる監督です。ただしぼくはこのマルコムXはそれほど面白いとは思いませんでした。また、彼の撮った作品はほとんど日本では紹介されていないか、紹介されても余り話題にならなかった作品ばかりなのです。
というのも、この監督はエンターテイメントよりもアメリカ社会の現実をありのままに表現する作品が多いためで、アメリカ本国では物議を醸しても、日本人には理解しにくい作品が多いからだろうと思われます。
ただ、今回の作品ではデンゼル・ワシントンやジョディ・フォスターなどかなりの有名人を揃えているせいか、日本でもそれなりの話題を呼びました。評論家からの受けもいいので、どんなものだろうと思って観てみたのですが、確かに素晴らしい作品だと思いました。一見、何でもない銀行強盗の物語なのですが、犯人の巧妙さや事件を起こした動機などが、ごく普通の銀行強盗の枠を越えていて、且つかなりの説得感がありますので、これはもしやノンフィクションなのではないかと一瞬思ってしまったほどです。
ただ、一つだけ気になったのは、デンゼル・ワシントンの演技です。確かに彼の演技はとても巧い。彼の演技は一つ一つの仕草や表情がとても機転が利いていて、見ていてとても面白いのです。ただ、デンゼル・ワシントンは、作品毎に別の人間をうまく演じ分けられていない気がします。デンゼル・ワシントンぐらい沢山の映画に出演してしまうと、一つ一つの登場人物に個性を持たせるのは至難の業でしょうが、デンゼル・ワシントンぐらいの大物だからこそそれぐらいのことはやってもらいたいものです。実際、彼の出演する映画を沢山観てきたぼくは、今ではもう彼の演技に少し飽き飽きしてきています。ただし、彼の演技がとても個性的なので、結局、いつも映画を見終わるたびに感心してしまうのですが。
この映画はそれほど大きな話題となったわけではありませんが、意外に素晴らしい映画だったのでこのブログでも紹介することにしました。
何が素晴らしいかと言えば、やはり先ず脚本です。最近、アメリカでは24やLOST、プリズンブレイクなどハラハラドキドキしながら観られるドラマが次々と生まれていますが、まさにそういったドラマを観るような感覚でハラハラドキドキしながら最後まで観ることができました。
予算的に限られていたのか、出てくる俳優も何かの
このブログでは、このようにマイナーでありながら秀逸だと思った映画もどんどん紹介していきたいと思っています。
ダ・ビンチ・コードを見ました。一応、映画を観る前に小説でも読んでいたのですが、途中でだんだんと興味がなくなり、下巻の途中で読むのをやめてしまいました。死者の残した暗号を解き明かしていくという単純なストーリーなので、三冊の文庫本を最後まで読み通す気になれなかったのです。しかし、映画ならばもっと話がコンパクトにまとめられているのではないかと思い、期待して観てみたのですが、やはり映画も期待外れに終わってしまいました。
この映画がヒットした背景には、次々に暗号を解明していくという筋立てが目新しかったからということもあるのでしょう。しかしぼくは、この小説を読む以前に暗号解読―ロゼッタストーンから量子暗号までというノンフィクション作品を読んでいたので、全く目新しいとは感じられませんでした。暗号解読でハラハラしたいなら、むしろこの暗号解読を読むことをお勧めします。この本には、歴史上の様々な人々が様々な場面で使ってきた数々の暗号が登場しますので、ダ・ビンチ・コードを観て暗号というものに興味をもった方にはぜひとも読んでもらいたいお勧めの作品です。
また、暗号ではなくてダ・ビンチという人物に興味を持ったという方もおられるでしょう。実際、この映画が上映されていた頃は、テレビでダ・ビンチの特集がいくつも組まれていました。ぼくもダ・ビンチは昔から好きです。写実的な油彩画を描く人の中ではダ・ビンチは群を抜いて秀逸だと思うからです。ですから、ダ・ビンチのことが物語として扱われたことはとても嬉しかったのですが、実際に小説や映画を観てみると、果たしてダ・ビンチは本当にあの「最後の晩餐」という絵の中にあんな暗号を盛り込んでいたのだろうかと疑いたくなりました。実際、この件に関しても反論を書いた本がいくつも出回っていますので、興味のある方はそちらも読んでみてください。
そんなこんなで、ぼくはこの物語にリアリティを感じられず、全く共感できませんでした。単なる謎解き映画として観る分にはそれなりに面白いのでしょうが、キリストの子孫があの女の主人公だなどという最後の落ちにも呆然とせざるを得ませんでした。実際にこの件に関しては、アメリカのキリスト教徒の間でかなりの非難を浴び、社会的にも物議を醸しました。(日本人にもわかりやすいように言えば、アメリカ人にとってキリストに子孫がいたということは、天皇陛下に隠し子がいたと言っているも同然のことなのです)
まあ、興行的には大成功したわけですし、単なるエンターテイメントなわけですから、話にリアリティがあろうとなかろうとどうでもいいことなのかも知れませんが、暗号のこと、キリストのこと、ダ・ビンチのこと全てにリアリティが欠如していて、この映画は個人的な世迷い事が社会現象にまで発展した一例としか見えませんでした。
ダ・ヴィンチ・コード デラックス・コレクターズ・エディション

